江戸後期、築170年を経た本棟造古民家再生

長野県飯田下伊那地区の、中核都市である飯田市座光寺地区は、天竜川により形成された河岸段丘の中段部にひろがる豊かな農村地区です。座光寺地区全体が農業振興地域を継続してきたため、南信州独自の農村原風景が今なお引き継がれています。各戸の耕作地は養蚕業から他種へと変わりましたが、耕作地を介して適度な間合いで民家が点在し、養蚕全盛時の養蚕建築と江戸後期からの本棟造を合わせて約40棟程が住み継がれ、T邸はその中の本棟造民家です。

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江戸後期(天保13年)から住み継がれる堂々たる本棟造民家です。
本棟本来の
穏かな3寸勾配の美しい形態を継承しています。
玄関部東面です。造り付け収納も当時のままで、使い継がれてきました。

玄関板の間上部の吹抜です。養蚕用物置の為に小屋梁が一部組み替えられています。
正面が平成初期に改修された居間部です。

二階小屋裏へ上がる階段部です。

元来作業用の土間空間が、昭和初期に養蚕用桑置き場に用途変更され、板張りになりました。
玄関部西面です。板戸の西面が10帖の上・下座敷へと続きます。
平成初期に改修された食堂・居間です。
民家の
木割りモデュールに修復し吹抜空間に再生されます。
中通り下座敷から「しもで」「上座敷」への視点です。
中通り「おへや」から広縁へと連続します。
右側に見えるのが
箱階段です
中の間から「しもで」板張り部への視点です
中通り「おへや」には、二階小屋裏に上がる箱階段が残されていました。天井が撤去され、吹抜空間の居間として再生されます。
板張りの床下には、明治の後期、養蚕盛業時に掘られた桑収納庫が残されていました。
内壁が繊維壁に塗り替えられた以外、170年来伝承された上座敷10帖間です。
文化文政6年(1810年)の鬼瓦が残されています。おそらく現存する建物以前の鬼瓦と推定されます。

各土蔵長屋には全て棟札が残されていました

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